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原文は、2012年春、ドイツの「Electronic Beats」誌29巻に掲載された。本記事は、EB誌の編集者アレクサンダー・ジェームス・サミュエルとの会話の要約である。翻訳:吉田泉。 女優そして歌手として有名な美輪明宏は、長崎で育った。幼少時代の彼女はその街を襲った原爆を生き延び、日本で最も著名なトランスジェンダーの有名人のひとりとなった。本稿では、運動家、コンピューター音楽家、そしてレコードレーベル「Comatonse Recordings」の運営者でもあるテーリ・テムリッツが、美輪の批評の声と妥協なき自己イメージに敬意を表する。 Photo: Tokyo, 1955. A portrait of the artist as a young dandy. @Kyodo News. 美輪明宏を私の個人的な「アイコン」とまで呼んでよいのかはわかりません。何かをアイコンとすることの背後にあるすべての社会的権力が好きではないから、というだけかもしれませんが。そして、私はファッションというものが本当に大嫌いです。なぜなら、ファッションは、ジェンダーと階級の区分に実に深く根ざしたものだからです。しかし、美輪は、いかなる意味においても、ありきたりなファッション・アイコンに貶められるべきものではありません。彼女はフランスのシャンソンを歌い始め、60年代には東京・銀座のキャバレーで歌い、いまや、彼女を知らない者は日本に一人もいません。長年にわたり、彼女がステージやテレビにおいて左寄りで日本の政府や政治的現状に対しておおっぴらに批判的であったことを考えると、これはかなり異例のことです。ステージでの彼女は、歌と歌の間に社会問題に関する独白を行うのが常です。長崎で原爆の爆発を生き延びた者として、彼女は常に率直な物言いをします-その率直さは、戦争という幅広いテーマに対してだけでなく、戦争や生存者の不当な扱い、配慮不足へとつながる政府の政策に対しても向けられています。 良くも悪くも、ポップスの世界における彼女の最初の成功には、若かりし彼女の女性らしい美しさが大いに寄与したと思います。また、50年代末の彼女の最初のヒット曲「メケメケ」からも明らかなように、彼女にはとかく物議を醸す先進性もありました。この歌には、それまでレコードでは語られることのなかった多くの「汚い言葉」が使われていますが、これはヒップホップが同じことを始めるより30年も前の歌なのです。私が初めて彼女のことを意識したのは、1968年に制作された彼女の映画「黒蜥蜴」が80年代末にニューヨークでひっそりと上映されたのを観てからでした。この映画は、非常に若くして自殺した著名なゲイの作家である三島由紀夫の脚本に基づいています。三島はこの映画にカメオ出演しており、美輪が三島にキスをして、それから右を向いてカメラに「わかったの?やっとわかったのね…」と言う、本当に素敵な「カミングアウト」のシーンがあります。これは、80年代においてすらハリウッド映画では観ることのないシーンで、私はとても感銘を受けました。 多くの国と異なり、日本では性転換をしていないトランスジェンダーの場面がよく見受けられ、特にメディア上で存在感を示していますが、これは滅多にないことなのです。なぜなら、他の多くの国でメディアが注目するのは、完全無欠で完璧にうわべだけの、性転換手術を受けて男から女になった理想像だけなのですから。これほど美輪とかけ離れたものはありません。トランスジェンダーであることは必ずしもホルモン注射や手術と同視される必要はない、と美輪は身をもって示しているのです。 このような考え方を日本人が受け入れる小さな理由のひとつには文化的なものがあります。日本の人々は伝統的に身体改造にそこまで乗り気ではないのです。いくら日本の社会でファッションが強調されようとも、多くの女性はいまだに耳にピアスを開けません。しかし、これは日本の女性が保守的であるということではありません。ここ日本では、多くの人々は自分の身体に対してそのような働きかけはしないということに過ぎません。個人的に、私は、若いころから、たとえ自分が医学的な性転換を望んでも金銭的に不可能であるとわかっていました。外見という概念の中心には階級と経済がありますが、世界中でトランスジェンダーの人々のほとんどが貧困にあえいでいることを考えると、これは皮肉なことです。私にとって美輪は、トランスジェンダーの人々が自らの身体を受け入れて、それとともに年老いていく可能性の象徴なのです。そして、単純に「男性」あるいは「女性」になるということへの抵抗を象徴するものなのです。これはちょっと型破りなことで、私にとって非常に非常に重要なことなのです。 私はシャンソンやフランスのポップスが嫌いなので、音楽的には美輪のそれに自分を重ねることはできません。演奏に関わらないコンピューター音楽家として、私の大きな目標のひとつは、トランスジェンダーの舞台に代替的な展望の選択肢を提示することです。グラムは私の趣味ではありません。また、美輪は、年をとるとともに、はっきりとスピリチュアルな傾向を強めて、色彩やオーラの重要性について多くを語り始め、そのため、いまでは髪の毛を明るい黄色に染めています。東洋の宗教の多くではオーラについて語るのは一般的なことですが、究極のところそれは詐欺です。実際、彼女はオーラに関するテレビ番組で週1回司会を務めています。私は宗教やスピリチュアルなものを軽蔑しているので、このような変化は私をかなり動揺させました。私の友人の幾人かにとってもそうでした。私たちは、長年にわたり社会的な問題に焦点を当ててきた彼女を称賛していました。なぜなら、彼女の姿勢が揺るぎのないものであったという事実は措くとしても、その姿勢は人々が変えることのできる政治的な現実に根差したものでもあったのですから。そして、私は、年老いた人々が、自らの死を気に病み始めるのと同時に、突然信仰を説くようになることを悲しく思います。しかし、この不愉快なスピリチュアリズムのテーマは、トランスジェンダーのコミュニティーには常に潜んでいるものなのです。それは、単に、トランスジェンダーを主題とする支配的な言説が、物質的な身体と「内なる自己」の間に知覚される断絶をめぐって展開されているからかもしれません。「内なる自己」は、あまりにも他愛なく形而上学の手助けとなる比喩なのです。だから、彼女の変化には少々落胆しましたが、驚きはしません。私は、彼女がいまなおここにいて、トランスジェンダーであることは単なる若々しい美しさを意味するものではないと世界に示し続けていることに感謝しています。 |