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プレス

Private Studio 2002
Terre Thaemlitz
ニューヨーク〜オークランドを経て
日本に漂着した電脳スペース

 
Interview: Susumu Kunisaki
Photo: Takashi Yashima
Interpretation: Miki Nakayama


In Sound & Recording Magazine (Japan), January 2002, Issue No. 249.

ニューヨークでハウスDJとしてスタートした後、自らのレーベル“コマトンズ・レコーディングス”をスタートさせ、実験的なエレクトロ・サウンドをクリエイトし続けているテーリ・テムリッツ。日本においては細野晴臣のレーベル“デイジーワールド”から『クチュール・コスメティーク』がリリースされたのをご記憶の読者も多いことだろう。アメリカをベースに活動を続けていたテムリッツだが、何と2001年より日本に居を移しているとの情報をキャッチ。さっそくそのプライベート・スタジオ訪ねてみることにした。



 

▲ラックの一番上にあるのはSEARSの古い8トラック・テープ・プレーヤー。ジョルジオ・モロダーやケニー・ロジャースなどのテープ・コレクションを聴くために使う趣味のものだそうだ。その下のマルチエフェクターART Pro Verbいいサウンドが幾つかあるので気に入っているとか。逆にその下のDIGITECH TSR-24はあまり使われていない。KORGのディレイSDD-2000はドラムやパーカッションにちょっと息吹を与えるた
めに使われる。DIGITECHのディレイRDS8000を挟んでMACKIE.のミキサーCR1604が2台設置されているが、その内の1台は2台のCASIO FZ-10Mのパラアウト専用だ



▲フィルターの具合が良くて長年愛用しているという2台のCASIO FZ-10M。自らのレコード・コレクションから気に入ったサウンドをサンプルするほか、ポータブルのDATプレーヤーでフィールド・レコーディングしたものを取り込んだりしている。2台用意されているのは8MBという今となっては心許ない最大メモリーのため。その下にあるのはE-MUの音源VintageKeys。M1以外のサウンドが必要になったため導入したもので、サウンドのチープさ加減が気に入っている。HACOとのプロジェクトでは頻繁に使用されたそうだ。その下はアンプのDENON PMA-720、CD/LDコンパチブル・プレイヤーPHILIPS CDC926、カセットデッキSONY TC-W320が並ぶ。立てかけられているスチ
ール・ギターは故郷から持ってきたもの。「実際には全然弾けないし、シンプルなこ
としかしないんだけどHACOとのプロジェクトで少し使ったよ。でもちゃんと手入れをしていないから、ほとんどガラクタ同然だね(笑)」



▲DJ機器の置かれているコーナー。左上のターンテーブルは日本に来てから入手したDENON DP-790。その隣はBSTというイギリスのメーカー製DJミキサーHIFE401とCDプレイヤーCLEVING156。CLEVING156は左のラック内にももう1台用意されている。本文中でも語られているように、電源のせいでCDプレイヤーはスキップしたり、止まったり、ループ機能が正常にはたらかなくなったりと大変とのこと。左のラック内にはDATデッキTASCAM DA-30に続いてBEHRINGER EX3100がある。これはサウンド・セパレーターで、ローエンドやハイエンドなどの一部分にちょっとフォーカスするときに活
用している。「私の音楽には静かな部分から大音量の部分までのダイナミクスが大切なんだけど、コンプレッサーを使うとそれが消えてしまうから絶対に使わないんだ。EX3100その代わりに使うんだ」とはテムリッツの弁。そして右のラック内にはGEMINIのターンテーブルも用意されている



▲メインの座を占めているのがMacintosh用のディスプレイ3台。一番右のディスプレイにはCsound.ppcで使うスクリプトを書くためのテキスト・エディターが表示されている。手前のKORG M1はかなりヘビーにエディットして使うとのこと。「M1は使っていて楽しいシンセサイザーだ。ベーシックだけど充分だし……もし極端な変化をつけたいって思ったら後でソフトを使って加工すればいいだけだしね」。その右手に置かれているのはBOSSのリズム・マシンDR6-60。テムリッツはチープなリズム・マシンが大好きで、これもお気に入りの1つ。壁面にセットされているADSのスモール・モニターは親友の叔父さんの遺品とか



▲メイン・デスクの下に置かれた2台のPowerMacintosh7100は、両方ともG3にアップグレードされている。オーディオ・ボードとしてはDIGIDESIGN Audiomedia IIが挿してあるが、さすがにアウトプットが2つしかないのは辛い様子



▲これはArgehontes Lyreの音色加工ソフトの画面。アキューラ・ロベレというミル・プラトーからレコードをリリースしているグラフィック・デザイナーが作ったもので、アーティスティックな画面が面白い。ほかにもグラニュラー・シンセシス系のものなど、多くのシェアウェアを使用している。市販ソフトとしては、StudoVisionと組み合わせて使うDIGIDESIGN SoundDesigner II、ARBORETUM Hyperprismくらい



▲右はモニター用として使用しているAKGのヘッドフォンK240DF。
左はDJ用のSTANTON35M HBは音は今ひとつだが使い勝手が魅力とか



▲ニューヨーク時代から愛用しているモニターINFINITY SM122。その上は音を視覚的にディスプレイする装置。高音と低音とを緑と橙と色分けして表示するのが特徴だ



▲テムリッツのリズム・マシン好きは子供のころに母親が持っていた大きな電子オルガン付属のものから始まったそう。このコレクションの中でもUNIVOXが一番それに近いから好きだとか。ほかにはROLAND CR-5000もディスコと電子オルガンの中間という感じがお気に召している。ラック内にはほかにELECTRO HARMONIXのDRM15やMORLEYのボリューム・ペダル、さらには古い8mmカメラの姿も
エレクトロ・アコースティックの場合
物理的環境の善し悪しは重要ではない


 テムリッツが最初に自分のための制作場所を用意したのは1990年代の初頭、ニューヨークにおいてだったと言う。
 「当時、イースト・ヴィレッジと呼ばれる地区に住んでいてハウスのDJをしてたんだ。それでオリジナルのハウス・ミュージックを作ろうと思って機材を幾つか購入したというわけ。すべてはそこから始まったって感じだね。最初に買ったのがKORG M1で、マスター・キーボード兼メインのシンセサイザーとして使うためだった。その後、CASIOのサンプラーFZ-10Mを買った。イースト・ヴィレッジ時代の機材は基本的にその2台。驚くかもしれないけど、いまだにそのM1とFZ-10Mは使っているよ」
 その後、テムリッツはもっと広いスペースを求めて、同じニューヨークの中のスパニッシュ・ハーレムへと引っ越す。
 「イースト・ヴィレッジに比べると土地柄はあまり良くなかったけど、スタジオ・スペースはかなり広くなったんだ。ちゃんとしたモニター・スピーカーを置けるようになったし、機材をマウントする縦長のラックも買った。2台目のFZ-10Mを買ったし、MACKIE.のミキサーも買った……今まで使っていたのに比べてとてもクオリティが高いので驚いたよ。そんなわけでスパニッシュ・ハーレムのスタジオは音を作る環境が整ったんで、DJよりもオーディオ・プロダクションを行なう割合が増えていったんだ」
 コンピューターを駆使したエレクトロニック・ミュージックを制作するという印象の強いテムリッツは、もちろんニューヨーク在住当時からコンピューターをディープに活用していた。
 「イースト・ヴィレッジのころから既にコンピューターは持っていた。当時使っていたのは確かAPPLE Macintosh LCだったと思う……まだPower Macintoshが出ていなかったころだからね。Macintosh LCで走らせていたソフトは、主にシーケンス・ソフト……Dr. T'sのBeyondというものだ。これは素晴らしいシーケンス・ソフトで、正直な話OPCODE Studio VisionやSTEINBERG Cubaseよりも優れているって思うんだ。ヒューマン・タッチやオフセット・タイム、オフセット・ベロシティといったコマンドが本当に気に入っていた。でも、PowerMacintoshに対応しなかったし、メーカーも倒産してしまって……。それで人に薦められるままStudio Visionに乗り換えたんだよ。そのころ、私はコーネル大学医学部のコンピューター・ネットワーク部で働いていたから、周りの人間はコンピュータの専門家ばかりで、いろいろと教えてくれる人間が多かったからね。でも、正直Studio Visionはトラブルが多くて……DIGIDESIGNAudioMedia IIとかをStudioVisionに合わせて買ったりしたものだから使い続ける結果になったけど、本当はそれほど気に入っていないんだ」
 『クチュール・コスメティーク』などの作品を残した後、1997年にテムリッツはニューヨークからサンフランシスコ近郊のオークランドに引っ越すことになる。
 「オークランドのスタジオは非常に広いオープン・スペースだった。スパニッシュ・ハーレムもそうだったけど、ロフト・タイプでね。造りのしっかりした建物だと音響的な問題があまりないからいいんだよ。でも、エレクトロ・アコースティック・ミュージック……私はソフトで作るものをそう呼んでいるんだけど、その場合、確かに広いスペースはいい環境で音を聴けるという利点はあるけど、作業する上での物理的環境の善し悪しはそれほど重要ではないんだ。すべてはコンピューターのハード・ディスクの中で出来上がるわけだからね。私にとって広いスペースは必要というよりもぜいたくだね」

アメリカの機材をそのまま持ってきたから
電源の規格の違いには困っている


 オークランドに4年くらい住んだ後、テムリッツは2001年の1月に日本へと移り住むことになる。その理由はと言うと……。
 「いろんな理由があるんだけど、1つがパートナーとの関係のため。それ以外はオークランドを離れたいという気持ちがあったんだ。周りの環境があまり良くなくて、けっこう大変だったんだよ。まあ、大きな音を出せる場所を探したらそうなったんだけどね。私の音楽はどんな所に住んでいても作驍アとが可能だから、引っ越しするならドイツ、もしくは日本のどちらかだなって思っていたんだ。日本は私のレーベル“コマトンズ・レコーディングス”を唯一ディストリビュートしてくれた国だったから、別にレーベルを大きくするってことではないけど、もっと安定させるためにも日本に移る方がいいって考えたんだ」
 こうして新たに設立されたのが、今回ご紹介するスタジオというわけだ。オークランドやニューヨークといったアメリカの家屋と日本のそれとでは大きさや造りが相当に違うと思うが、実際に住んでみての印象はどうだったのだろうか?
 「最初はちょっと奇妙な感じがしたけど、でも部屋自体の大きさはイースト・ヴィレッジのときよりも大きいんだよ。まあ壁は薄いよね(笑)。でも大きな問題はない。どうせ作業をする時にはヘッドフォンを使うことが多いし、スピーカーで音を出すにしても普段からあまり大きな音は出さないからね。25%くらいのボリュームかな……それはニューヨークのときから変わらないんだ。まあ、マスタリングするときだけは少々大きくするけど、それでも1時間くらいのことだから、今のところご近所から苦情は出ていない(笑)」
 このスタジオにセットアップされている機材は、ほとんどがニューヨークやオークランドで使っていたものだという。
 「ほとんど持ってきたんだけど、大き過ぎるという理由で手放してしまったものもある。Orchestratorというピアノ・タイプのキーボードとか、もう名前すら覚えていないんだけどフリーマーケットで見つけて安く手に入れたシンセサイザーとかね。気に入っていたんだけどあまり使うことがなかったんだ。私はコントロールしたがり屋……すべてをシーケンサーでコントロールしたいんだけど、あまり古いものだとコントロールどころかシンクすらしない。結局は使わなくなって、ある意味コレクションとして持っていたという感じになってしまっていたんだ」
 大きくて重くても、モニター・スピーカーINFINITY SM122のように気に入っているものは運んできたそうだ。
 「あれはニューヨーク時代から使っているものだよ……DJをしていたころからね。低音がヘビーだけど、私の耳にはいい音に聴こえるんだよ。すごく気に入っているね」
 さて、こうしてほとんどの機材を日本へと持ってきたわけだが、ご存じのように日本とアメリカとでは電源の規格が異なる。その辺りはどのように対処したのだろうか?
 「117Vから100Vにするコンバーターをたくさん買ったね。それから入居する前に電気屋さんに頼んでスタジオ内は全部アース付きのコンセントにしてもらった。でも問題は東京は50Hzってこと。アメリカは60Hzだから……大阪に住めば良かったんだよね(笑)。Hzのコンバーターに関してもいろいろ調べたんだけど、値段がかなり高いし、すごく大きなものらしいんだ。そんなに大きなものだと、もしかしたらノイズもすごいんじゃないかと思って、結局60Hzの機材をそのまま50Hzで使っている。もしかしたらそのせいで奇妙なノイズを生み出しているかもしれない(笑)。実際、機材の中には変な動きをするものがあったりするしね」

使っているソフトはほとんどシェアウェア
中でも初期のCsound.ppcが大好きだ


 テムリッツが使用する機材は、制作する音楽の種類によって大きく異なるという。先ほどから紹介してきたM1やFZ-10MなどのMIDI音源は、初期のころのアンビエント・ミュージックや、ピアノ・ソロのシリーズなどで使われているが、『クチュール・コスメティーク』や『インターステシーズ』などはコンピューターの内部だけでソフトを中心に制作される。
 「StudioVisionのほかは、ほとんどシェアウェアのソフトを使っている。売り物のソフトやプラグインは滑らか過ぎる……商業音楽で使うことを目的に作られた感じがして、私が使いたいサウンドとしては適切ではないんだ。気に入って使っているのは初期のCsound.ppcだ。最近のバージョンはミルズ大学の人たちが改良したもので、インターフェースが向上してるんだけど、私が使いたいフィルターが使えなくなってしまったんだ。多分だれも使わないからなくしたんだと思うけどね。今となってはこのフィルターを使っているのは私くらいかな(笑)」
 Csoundとはマサチューセッツ工科大学のバリー・ヴァーコウ教授が原型を作り、今なお改良が続けられているプログラム。音を数式により記述できることにから、現代音楽家や音響系ミュージシャンに愛用者が多い。
 「私の使い方は、どんなフィルターを作るのかをテキスト・エディターでスクリプトとして作り、それをCsound.ppc でプロセスする。その後新しいファイルとしてリシンセサイズする感じだね。面倒なのは初期のバージョンを使うためには古いOSが必要だということ、だからハード・ディスクを1つがSystem7.5、もう1つをMacOS8.5にしてある。しかもそれぞれApple Scriptを使って、異なるソフトを問題なく一緒に走らせるために初期設定を消去するようにしているんだ。まあ面倒ではあるんだけど、機能が気に入っているから今でも古いソフトを使っているわけだし、私の音楽はソフトの限界があることから生まれているんだからね。ソフトの不完全さと、そこから生まれる歪んだサウンドが私の音楽に大きく関係しているんだよ」
 同じ音声合成用のプログラミング言語でも、Max/MSPにはあまり興味はないそうだ。
 「私はリアルタイム・シンセシスをやることがほとんどないから使わない……Max/MSPの利点はそこにあると思うからね。私はパフォーマンスをしているときでもCD-Rを使ってミックスする方が好きなんだ。コンピューターを使ってはいるけど信頼はしていないんだよ(笑)」
 現在のところテムリッツの一番新しい作品は、10月にドイツのレーベル“ミル・プラトー”からリリースされた『oh, no! it's RUBATO』。ディーヴォの曲をモチーフとして取り上げたピアノ作品集である。
 「『oh, no! it's RUBATO』は日本に移ってから作ったものだ。ピアノ・サウンドはM1で出しているんだけど、かなりヘビーにプロセスしている。このアルバムではプログラムを少し変更しているんだ。きっと小さなスタジオに移った影響なんだと思うね」
 さらにリリースの時期は決まっていないが、アフターディナーのHACOとコラボレートした作品も完成済みとのこと。インタビューの最後にその内容について語ってもらうことにしよう。
 「最初に私が音を作って彼女に送って、彼女がボーカル部分を作るという作業だったんだ。だれかと一緒に作るというのは初めてだったんでいい経験になったし、元々アフターディナーの大ファンだったんでうれしかった。1980年代のサウンドをプレイする架空のグループっていう設定なんだけど、アフターディナーともテーリ・テムリッツとも全く違うサウンドになっているよ」